ゲームから映画へ。ボーダーを超えた『Fate/stay night』のビフォーアフター。

投稿日: 2020年09月08日

 青い夜空に、赤い英字ロゴがじんわりと浮かび上がる。
 JR秋葉原駅のすぐそばにあるランドマークビル・秋葉原UDXの大型ビジョンに懐かしいPCゲームのタイトルが表示された。今から15年前に発売された
ビジュアルノベルゲーム『Fate/stay night』の起動画面だ。


 2019年1月30日19時、ゲーム『Fate/stay night』の発売15周年を記念するメッセージムービーが秋葉原の街で上映された。このムービーを見ていると、不思議な気持ちがじわじわと湧いてくる。

 15年前、僕はここにいた。
 2004年1月30日――僕もまた、秋葉原のゲームショップで行列を作って、この『Fate/stay night』を購入したユーザーのひとりだった。
 そのころ僕はゲーム雑誌やファッション誌のカルチャー系の仕事をしていたため、『Fate/stay night』を開発しているTYPE-MOONの名前を知っていた。彼らは、2000年に同人ソフトとしてビジュアルノベルゲーム『月姫』をコミックマーケット(コミケット58、コミケット59)で発表し、それが圧倒的な人気を得ていたのだ。当時は、優秀なノベルゲーム作成ツールが出回っており、『ひぐらしのなく頃に』などの同人ノベルゲームが流行っていたころ。『月姫』は歴史の裏舞台で暗躍した種族を描いた「伝奇テイスト」と複数のルート(ストーリー)を読み進めることで、ヒロインたちの意外な側面が見えてくるミステリ仕掛けが話題となり、たちまちネットや口コミ、同人ショップで話題になっていた。もちろん僕も『月姫』を手に入れて、プレイしていたし、その彼らが初の商業作品として発売する『Fate/stay night』に大きな期待を寄せていた。

 このころの日本のPCゲームの市場は、かなり特殊な状態にあった。2000年ごろはいわゆる家庭用ゲーム機(コンシューマ機)プレイステーションやセガサターンがゲーム市場を席巻しており、PCゲーム市場は急速に縮小。海外ゲームの翻訳版やシリーズもの以外はほとんど注目を集めていなかった。その中で独特の存在感を強めていたのが、18禁の美少女ゲームである。このPC向けの美少女ゲームは小規模で開発できるため、シナリオライターやイラストレイターが意欲的な作品を生むことができるジャンルでもあった。同人から商業作品へ参加するクリエイターも多かったし、実験的な作品もたくさん生まれた。その中で人気を集めたものが、いわゆる「泣きゲー」といわれる感動的なストーリーを組み込んだ美少女ゲーム。たとえば『ONE ~輝く季節へ~』や『Kanon』といった作品たちだった。言ってしまえば、90年代から2000年代にかけての美少女ゲームは、日本映画における日活ロマンポルノ作品のように、若き才能が花開く場だったのだ。

 その日の早朝、秋葉原の街には『Fate/stay night』の巨大な看板が貼りだされ、ゲームショップの店頭には発売を待つ行列ができていた。僕もその行列の最後尾に並び、発売が始まるのをじっと待った。そして待つこと数時間。やっとのことで手に入れたパッケージを持ち帰り、PCにディスクを差し込む。すると……15年後に秋葉原UDXで見ることになる、オープニング画面が立ち上がった。

 実際にプレイをしてみると『Fate/stay night』はかなり歪なゲームのように感じた。あらゆる願いを叶える願望機――聖杯をめぐる現代の伝奇ストーリー。高校生の主人公は偶然、英霊〈サーヴァント〉を召喚してしまったことで、この聖杯をめぐる魔術師〈マスター〉たちの戦いに巻き込まれることになる。
 本作はイラストとテキストでストーリーが語られていくビジュアルノベルベームの形式をとっているが、プレイヤーに提示される情報量が膨大だったのだ。登場する〈サーヴァント〉たちには、RPGのように筋力や魔力、耐久といったパラメーターやスキルといった特殊な能力が設定されている。その〈サーヴァント〉や〈マスター〉たちのドラマが、圧倒的なテキスト量でつづられていく。

 あるときは主人公の視点で、あるときは第三者の視点で。あるときは詩的に、あるときはハードボイルドタッチに。ストーリーはヒロインごとに3つのルートが用意されており、「ファンタジックなボーイ・ミーツ・ガール(セイバーがヒロインとして描かれるルート〈Fate〉)」や「少年の内面に迫る鮮やかな成長譚(遠坂凛がヒロインとして描かれるルート〈Unlimited Blade Works〉)」、そして「狂気と暴走を描くドロドロとした伝奇ミステリ(間桐桜がヒロインとして描かれるルート〈Heaven’s Feel〉)」と、全然違うタッチのストーリーが展開していく。一説によると本作の総文字数は4.29MB(約22万文字)、読み上げるだけでも数十時間はあるという代物だった。

 発売後のファンの反響はとても大きいものだった。当時のインターネット上では『Fate/stay night』の話題で持ち切りだった。ゲーム系の大型掲示板やお絵描き掲示板ではヒロインの話で持ちきりとなり、『Fate/stay night』一色に埋めつくす同人誌即売会もあった。TYPE-MOONは自前の掲示板を運営しており、そこでもさまざまな応援や意見が交わされていた(現在はサービス終了)。そして、TYPE-MOONではキャラクターの人気投票を自ら実施し、総投票数30000票以上のユーザー声を集めたのである。もちろん僕も投票した。

 やがて人気結果が発表されたのだが、その結果はちょっと意外なものだった。3人のヒロインのうち、セイバーと遠坂凛は高い人気(第一回人気投票はセイバー1位、凛2位)を集めたものの、最終ルートのヒロインである間桐桜は賛否両論を集めていたのである(第一回人気投票は6位)。たしかに〈Heaven’s Feel〉というルートは、〈Fate〉や〈Unlimited Blade Works〉といったルートを否定するような展開があり、セイバーや遠坂凛はかなり悲劇的な展開をたどることになるため、一部のファンは反発してしまったのだ。僕は遠坂凛に投票していたのだが、まさか間桐桜がここまで人気が低いとは思わなかった。同時に、彼女の人気が低いことは、なんとなく彼女のイメージに似合っているように見えた。そうして当時のファンから、間桐桜は不遇ヒロイン、腹黒ヒロインという扱いを受けていたのである。

 そんな『Fate/stay night』から10年以上が過ぎ、『Fate/stay night』の間桐桜ルート[Heaven’s Feel]の劇場版アニメ化が実現した。監督はゲーム版『Fate/stay night』を初日に購入し、間桐桜の熱心なファンである、須藤友徳。彼は[Heaven’s Feel]の長大なストーリーを三部作に分割し、「原作となるゲーム版『Fate/stay night』をプレイしたときの読後感」を再現することを目指して映画化していった。

 そのゲーム版と間桐桜への思いは、作品を見ると一目瞭然だ。
 たとえば「第一章(I.presage flower)」では、ゲーム版では描かれていなかった、ヒロイン・間桐桜と主人公・衛宮士郎との出会いから彼女の変化を丁寧に描くことで、彼女の内面を掘り下げていった。そして、「第二章(II.lost butterfly)」「第三章(III.spring song)」では、なんとゲームの〈選択肢〉を映像で表現するという試みをしている。
 ネタバレになるので、細かくは描かないが、「第二章」では、教会から逃げ出した桜を追う士郎のシーンに「白髪の士郎」が挿入される。これは原作ゲーム版で〈選択肢〉が存在することを示唆している。原作ゲーム版ではこの〈選択肢雄〉である決断を選ぶことによって、心を鉄にした士郎――通称・鉄心END(BAD END)を迎えることになるのだ。劇場版「第二章」で挿入される「白髪の士郎」はその「BAD END」の士郎を描いたものなのである。なお、「第三章」にも似たような描写をしているシーンがある。ぜひ、ゲーム版と見比べながらチェックして欲しい。

 ゲーム発売から約16年。今年、三部作で展開していた劇場版『Fate/stay night[Heaven’s Feel]』がついに完結した。
 ゲーム版では賛否両論を生んだキャラクターをさらに掘り下げ、ゲームというメディアでしか表現できない手法を映像に置き換える。ゲーム版『Fate/stay night』と劇場版[Heaven’s Feel]は相互補完の関係にある、不可分な作品になっているのである。ゲームとアニメのひとつの理想的な関係がここにあるといえるだろう。

 ゲーム版『Fate/stay night』を秋葉原で手に入れて16年。当時、賛否両論を生んだ間桐桜と[Heaven ‘s Feel]が、いま再評価されている。こんなことが起きるとは。ゲームからアニメへ。メディアに縛られず、ひとつの作品をずっと追いかけるのも悪くないなと思うのだ。

◆志田英邦(しだ・ひでくに) ライター、編集者。アプリゲームなどのシナリオなども手掛ける。主な寄稿誌にアニメ誌、ファッション誌など。一児のダメ父。

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